2009/11/05(木)
『当日マニュアルができたよー』
明日配るけど、一応ネット上にも載せておきます。
前日準備に来られない人は必ず目を通しておくように。

一応シフト表も載ってます。
DLパスはメーリスの通り。
http://u7.getuploader.com/kohiken07/download/5/%E6%97%A9%E7%A8%B2%E7%94%B0%E7%A5%AD2009.pdf
2009/11/01(日)
『09年度早稲田祭 ☆ブレンドコーヒー☆』

 さてさて今年度の早稲田祭まで残るはあと7日

我ら珈琲研究会は今年も苦味ブレンドとまろやかブレンドの2種類出しちゃうよ!

というわけで今日は珈琲研究班から今年のブレンドについての簡単なお知らせ。

配合は結構聞かれるから覚えておこうね!味なんかは今後の試飲会で各自確認!

 

 まずは名前!

 今回はテーマが大正ということで・・・

 

  バンカラ & ハイカラ  

     

 苦味がバンカラ、まろやかがハイカラ

 

 なんだか大正の香りがするね! コヒ研くんミニ2 大正ダー

 

 肝心なブレンドの配合は  

 バンカラ  
 モカ             4  
 ブラジルムンドノーボ   3  
 コロンビア         3    

 ハイカラ  
 マンデリンリントン    5  
 モカ            2.5  
 コロンビア        2.5  

 早稲田祭ではこの二つの似て非なる味を楽しんでもらおう!

 

コヒ研くんミニ 立石

2009/11/01(日)
『09年度早稲田祭 大正時代をコンセプトとした珈琲について』
今年の早稲田祭のテーマは・・・「大正時代!」  
 そこで今年は初の試み、「コンセプトコーヒー」をやってしまいます!

 コンセプトコーヒーとは
 ズバリ、テーマに合わせた珈琲!
 今年はテーマが大正時代なので実際に大正時代に飲まれていた珈琲を出すことで大正時代を感じてもらおうと思います。だけどここで問題が発生します。それは・・・

 コンセプトをどう伝えるか
 ただ大正時代に飲まれていた珈琲(後述しますがブラジル)を飲んでもらっても・・・

 コヒ研コヒ研くんミニ2 「さぁお飲みなさい!これが大正時代のコーヒー、ブラジルよ!」
 お客様:「ハ、ハァ・・(一体どこがどう大正なんじゃい!)」
 
 となってしまうわけです。そこで”何故大正時代に飲まれていた珈琲がブラジルなのか”という由来を記した説明用紙を販売時に渡して読んでもらうことで大正時代を感じてもらうことにします。すると・・・

 コヒ研コヒ研くんミニ2 「さぁ(ry  ついでにこのメモも持っていきなさい!」
 お客様:「ふむふむなるほど・・・ごくり・・・こっ、これは大正!うめぇーーっ!蕩れぇぇーー!」
 となってしまうわけです。
 
 というわけで当日はコンセプトコーヒーを買っていただいたお客様には由来を書いたペーパーを一緒に出してください^^ もちろん売り子や看板持ち、ビラ配りをしているときに由来を聞かれることもあります。聞かれて答えられないと気まずい雰囲気になちゃうからみんなざっくり由来は知っておいてね!というわけで以下大正時代の珈琲=ブラジルの説明だよん♪
  
 日本におけるコーヒーの普及はブラジルから
  
〜大隈重信の意思は受け取った!〜

 これは日露戦争後の不況により増えた失業者を処理するため日本政府が行った日本人のブラジル移民から端を発する。そのころブラジル共和国サンパウロ州政府としては1888年に奴隷制度が廃止されたためにそれまでコーヒー農園で使役していた安価な労働力が使えなくなったことに加え、その後安価な労働力として流入してきたイタリア南部からの移民も20世紀に入り奴隷同然の待遇に業を煮やしたイタリア政府により移民を中止させられてしまったことを背景に、コーヒー農園での新たな労働力を必要としていた。これら日本の失業者問題とサンパウロ州の安価な労働力不足という二つの問題がうまく符合したこともあって明治42年(1909年)、後に銀座でカフェを開くことになる水野龍を初の移民団長として移民が始まった。同年、ブラジル共和国サンパウロ政府は日本で珈琲がほとんど普及してないことに目をつけ、新たな市場開拓のために水野龍に日本におけるブラジルコーヒーの普及事業を委託、無償でブラジルコーヒーを引き受けることになった。その量は約505トン(当時の年間輸入量の7倍!)しかし当時日本では水野に対して珈琲豆の輸入許可が下りなかった。そこで水野龍が支援を求めたのが我らが早稲田大学の祖、大隈重信。彼は水野からの依頼を快く受け入れ、ブラジルコーヒー豆輸入の許可に尽力。当時政治家として強い力を持ち合わせた彼はブラジル移民が生産している珈琲は準国産品であるとし、輸入許可を引き出した。
氏曰く、「ブラジル移民が生産しているブラジルコーヒーは準国産品であり、水野の功績によって獲得したコーヒーは、砂糖の絶好の消費対象であり、この事業は日本の将来に大きな幸せをもたらす」
大隈の力添えによって水野はブラジル豆の輸入が可能になり、翌年の明治43年(1910年)、水野は銀座6丁目にカフェー・パウリスタを開き、ブラジルコーヒー豆の普及に努めることになる。
 パウリスタを開いたものの、当時の日本は珈琲に馴染みがなかったためすぐには珈琲文化は普及しなかった。そこで水野は百貨店や運動会など、人の集まる場所で試飲会を開いたり、燕尾服を着せた180cm余りの大男に、美少年給仕を従えさせて銀座で試飲券を配らせるなど、様々な手法で普及に努めた。その後すぐに盛況を呈したカフェー・パウリスタは一日4千杯も珈琲が飲まれたそうな。スゲー
 
 まとめ:日本で最初に庶民に向けて輸入、販売されたのはブラジルで、その輸入許可を出すのには大隈重信が一役買っていたということがわかれば一応オッケイです。

コヒ研くんミニ 立石
2009/09/27(日)
『【緊急】早稲田祭パンフレットについて』
色々あって未提出の状態でした。すいません。
適当に埋めてありますが、こうした方がいいんじゃね?ってのがあれば修正して送ってください。
DLパスと修正後の送り先はメーリスの通りで。
咲-sakiが終わるまで待ちます。

http://u7.getuploader.com/kohiken07/download/1/pampu_insyoku.xls
2009/09/24(木)
『早稲田祭の装飾』
こんにちわ幹事長の芳賀です。

今年の早稲田祭の屋台のテーマは「大正ロマン」です。

先日の総会で大まかなデザイン案を今月20日までに
アップロードすると宣言しましたが、なかなかどうして、
大正という激動の時代を一つの屋台の中に表現するというのは
難しい作業ですね。模型とか作ってみたりしてるんだけどね。
 
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言い訳

実際に肌で触れてみようということで
夏休み最後の2日間で取材に行ってきます。
遅くとも9月中には出せると思いますので
もう少々お待ちください。